ドラッカー氏の卓越性を支えた日本画

ドラッカー氏の卓越性を支えた日本画

“マネジメントの父”と呼ばれるピーター・F・ドラッカー氏が熱心に収集を重ねたという水墨画を中心とする日本画が、100点以上展示されていた千葉市立美術館を、展示企画の最終日に、滑り込みで訪れてきました!

ドラッカー氏は25歳のとき、ロンドンで突然の雨に降られ雨宿りのために飛び込んだ建物で、たまたま日本美術の展示会が開かれていた!という、もの凄い偶然によって、初めて日本画に出逢い、ご本人曰く、「恋に落ちてしまった」とのこと。

ワシントンD.C.で勤め人として働いていた頃(そんな時代もあったのですね!)は、仕事があまり面白いものではなかったらしく(笑)、昼休みに美術館に通っては、日本画を眺めていたそうです。

「正気を取り戻し、世界への視野を正すために、私は日本画を見る」

ドラッカー氏にとって、日本画がそれ程までに大きな存在だったということを初めて知り、驚きました。

展示室には、ドラッカー氏自身の目によって選ばれた、室町時代を中心とする水墨画の数々(著名な人物の作品から無名の作品まで)に混じって、ドラッカー氏独特の日本画に対する視点が述べられた文章が紹介されていました。

その中で、印象に残ったもののいくつかを紹介させていただくと・・

日本の水墨画は、見る人に“入ってくる”ことを求めている。入ると、そこには、静謐な精神世界があり、雑多な日常から離れて、本質とは何か?に触れる世界がある

文人画(南画)とむきあう時間は、すなわち自分自身とむきあう時間である

といった内容の発言をされています。

ドラッカー氏が、自身の魂と向き合う時間をいかに大切にされていたか、が伝わってきますね。

また、ドラッカー氏が水墨画収集の師と仰いだ先生方からは、常に、

「あなたはどうみましたか?」

と尋ねられたといい、日本画を通じて“知覚力”を鍛える機会を得ていたこと、そしてその重要性を訴えてもいました。

最近のビジネス界においてよく耳にする単語にいいかえれば、

自分自身とむきあうこと、

とはすなわち、

“内省”

ということであり、

“知覚力”

とは、

マインドフルネス”に通じるもの。

さすが、ドラッカー氏は、どこまでも時代の先を走っている方だったのだなー、いや、物事の本質というものをきちんと見つめていた方だからこそ、何が大切なのか?をしっかりと捕まえていらしたのだなと、改めて感じさせられた訪問となりました。

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